My everyday life from Yeosu/여수/麗水, Korea.


2016/06/15

記憶に残ったこと





髪をバッサリと切りました。今の私の髪型はともみです、ミラクルガールズの。

小学生だった頃、大好きだったんです、ミラクルガールズ。アニメも漫画も。そういえば、一つ下の従姉妹と一緒に、ミラクルガールズごっこを良くしていた。私がともみで、従姉妹がみかげ。勝手に事件を作って、テレパシーとかテレポートとかする真似をしながら、その事件を解決してた気がする。今思えば、真剣に妄想をしながら、情熱を持って遊んでいた。あの頃の私は断然ともみが好きだったけど、今はみかげに惹かれます。みかげの方が人間くさいから。久しぶりにミラクルガールズごっこしようかな、ドンちゃんにみかげ役を頼んで。

ちなみに髪はソウルで切りました。ヨスでも切ることはあるけれど、なるべくソウルか日本で切るようにしています。たまにドンちゃんに切ってもらう時もあるけど(爆)





髪を切った次の日、ドンちゃんと美術館デート。フリーダ・カーロとディエゴ・リベラ展がやっていたから(作品はメキシコのドローレスオルメド美術館から)ハンガラムデザイン美術館です。

フリーダもその夫であるディエゴも世界的に有名だし、特にフリーダはなんとなく日本とも関連があるので(イサムノグチと不倫していたし、大江健三郎もフリーダの人生について何かで書いていたし)知っている日本人も多いのでは。どちらもメキシコを代表する画家で、特にフリーダはその壮絶な人生と比類ない才能のために映画にもなっています。色んな分野の芸術家にインスピレーションを与えている画家の一人。

ちょうど春にバルガス・リョサの密林の語り部を読んでいたし、フリーダの絵はNYかメキシコに行かなくては見れないと思っていたので、朝一番ドンちゃんと行ってきたのです。これを逃したら絶対に後悔するし、実物を見れるのならば、それは一生私の記憶に残ると思ったから。

結論は、やはり素晴らしかった。




最初にディエゴの絵が年代別に飾られていて、しかもキュビズム時代からあったので、彼がヨーロッパの文化を学びながらメキシコの文化やインディオたちに回帰していく過程で、彼の絵がどのように変わっていたのかがよく分かり良かった。




がやはり、この展示のメインはフリーダ。フリーダの展示ゾーンは、壁は全て黒でライトはその絵にだけ当たるという展示方法。ハイライトである「折れた背骨」は、他の絵とは異なる少し奥まったところに静かに飾られていて、フリーダが絵を通して彼女の何を表層化しようとしているのかが、よく分かった。分かって、辛かったけど。

実物の絵は、写真や画面で見ていたものと全然違いました。大胆で力強いものだと思っていたからびっくりした。実物は、繊細で、丁寧で、優しさが溢れてました。悲しみはその後にしみじみと波のように伝わってくるのだけど。

だから本当にびっくりした。あんなに悲惨な経験をした人が、こんな繊細で優しい絵を書くことができるだなんてって。同じよう経験をもし日本人がして、それを絵に描くならば、もっち違うものになっていると思う。悲壮感が漂い、ドロっとしたものに。

それを感じさせないのは、やはり彼女がメキシコ人だからではないのかな、と思ったのです。日本とは違うその死生観や、何より制圧された辛い歴史を陽気なマインドで乗り越えてきた民族だということが根底にあるのかな、と。

心の中を視覚化することがどうゆうことなのか、それができるということは奇跡に近いということ、また、インディオとスペイン両視点からメキシコを考える必要があるということ、などが分かったフリーダとディエゴ展でした。行ってよかった、本当に感動した。

ちなみに日曜日に行ったのに、人はガラガラでした。モネの時は多かったのに。韓国ではあまり人気がないようです。でもそのおかげで、ドンちゃんとゆっくりと見ることができました。一つの絵をじっくりみながら、絵に描かれているこのモチーフは何を表しているのか、など自分の意見を言ったり彼の意見を聞いたりできて良かったです。ドンちゃんとの意見交換の時間はとても楽しい。

写真は買ってきたポストカード。フリーダのビロードの服を着た自画像と折れた背骨は、寝室に飾ろうと思っています。ディエゴはインディオの女性の絵を選びました。この女性の周りがほのかに黄色く描かれていて、女性から光が放たれているように見えるのです。ディエゴがいかにインディオの人々を尊敬していたことがわかる一枚です。






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2016/06/13

お義母さんの韓国料理


最近、ドンちゃんに自分のことを「わたし」ではなくて「わし」というと、ネイティブ感がアップするよ!と教えたのですが、「わし メキシカン りょうり たべたい よ 」「わし は あなた が すき よ」と、このところすっかり一人称が「わし」になってきました。しめしめ。ぐふふ。この「ドンちゃんの一人称はわし」を日本の両親の前で披露するのが私の目標デス。きっと両親からは怒られるだろうけど。「あんた、ドンちゃんに変な日本語を教えて!」って。この間も、ドンちゃんに「洋服」を「ころも」と言うと日本通で粋だよ!と教え込み、それが両親にバレて怒られたのですよ。ほほほ。

さて、週末はソウルで過ごしました。というのも、先週一週間、ドンちゃんはソウルの本社へ出勤だったため、実家に帰っていたのです。私もソウルに行きたかったのですが、学校もあり陶芸もあったので、平日はヨスで過ごし、金曜日にビューンとソウルへ。ドンちゃんのパパとママと楽しい時間を過ごし、二人でソウルデートも楽しみ、とても大満足な週末でした。

ドンママの美味しい韓国ごはんももちろん堪能しました。




サクサクなジョン(チヂミ)、ドンママ手作りの醤油で食べるとさらに美味しい。




トロトロな荏胡麻と里芋のスープ。これは私が来ると必ず作ってくれるもの。韓国で里芋は日本のようにいつでも手に入るものではないので、秋に大量に購入し、茹でて皮を剥き、冷凍保存をしといてくれたみたい。いつでも作ってあげられるようにと。

もちろん、今回もママと一緒にキッチンに立って、色々と教えてもらったりしました。




乾燥したシラヤマギクやサツマイモの茎の戻し方、戻した後のナムルの作り方とか。





アサリ入りのテンジャンチゲの作り方とか。今回初めてアサリ入りのテンジャンチゲを食べたのですが、とーっても美味しい。アサリの茹汁をいつもの出汁(玉ねぎ、しいたけ、煮干し)に加えて、貝殻から身を一つ一つとったアサリを他の具と一緒に入れて、味噌をといてグツグツ煮込むだけなんだけど、とっても深い味が出るのです。

あと、写真はないけれど、イシモチ(韓国ではポピュラーなお魚)の美味しい焼き方とか、殻付きアワビの下処理の仕方とか。水キムチの作り方も教えてもらったので、近いうちに作ってみようと思います。大好きなんです、ドンママの水キムチ!






お土産も色々と持たせてくれたのですが、珍しいものをもらいました。ドンちゃんのおばあちゃんは若い頃に洋裁学校に通っていて、今回、その時に使ったというテキストを貰ってたのです。古い日本の雑誌。主婦之友は戦後のものだけど、婦人倶楽部の付録の「和服裁縫の〜」は戦前のもの。ドンママから「shiinaは読書好きだから、良かったら」なノリで譲り受けたのですが、本当にすごいものを頂きました。これは資料として何かの研究に役立つかもしれない。

自分のことをわしと呼ぶ人と一緒に、譲り受けたテキストは大事に保管しようと思います。




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2016/06/10

ちょっとだけ願うこと


6月になってから、私の生きる世界が雫の中にあるような、そんな風に感じることが多くなった。爽やかでカラリとした緑の風が吹く5月に比べて、じとっとして湿気の多い6月。そこまで気温が高くないのに、歩くとじんわりと汗をかくようになり、夏が来たんだなと実感。

私が通う大学には日本語を学んでいる学部生が割といて、日本語を専攻している学生も多い。彼ら彼女らの中には、日本の大学へ交換留学を希望する子もいたり、日本社会や文化に関する卒論を書く子もいて、私は1年前ぐらいから、そんな学生たちの勉強をみたりアドバイスをしたりするチューターをしている。

この1年で色々な学生たちと出会った。嵐の大野くんがきっかけで日本語を勉強し始めた女の子や、卒業したら大阪で就職が決まっている子、卒論で日本の良妻賢母について調べている子、交換留学先で学生劇団に入り演劇を学んだ子。私たちが、どこかの国の文化に興味を持ちその国を好きになるように、皆、日本文化に興味を持ち、日本のことが好きな子たち。

先週、偶然にとある男子学生に再会した。通学バックに日本の神社で購入したというお守りをつけている物静かで思慮深い学生。今まで日本好きな韓国人にたくさん出会ったが、お守りをつけている人はそうそういないから、とっても記憶に残っていた。

彼のバックにはもちろんお守りが今だにその席を守っていたのだけれども、その隣には新入りがいた。パスケースに入ったSuicaのカード。東京のどこかの駅と早稲田駅区間を結ぶ期限が切れた定期である。

聞けば、休学しワーホリで日本に行った時に使っていた定期らしい。早稲田駅の近くにバイト先があり、毎日その定期で電車に乗り通っていたみたい。日本にいた時間は自分にとって忘れられない大切な思い出が詰まったものだから、この定期もとても大事なものなんだと。なので、通学バックにぶら下げていつも身につけているのだと教えてくれた。

それを聞いて、私は自分の交換留学時代を思い出すと同時に、なんだかすごく胸がキューっとなった。すごく嬉しかったし、同時にとっても切なかった。うまく言葉にできないんだけど。

彼が後生大事に大切にしているSuicaを見ながら、彼が過ごしたワーホリ時代を想った。彼にとって、キラキラと輝く一番星のような思い出なんだろうな。大変なことも多かっただろうけど、きっと、夢と希望を持ってやってきた海外で、とても素敵な日本人たちと出会い、交流したんだろうなって。知らない国で、現地の人に優しくしてもらったことって、一生心に残ることを知っているから。

久しぶりの再会の後、私には、日本を好きになってくれてありがとうという気持ちと、これからも好きでいてほしいなという気持ちが織り混ざって存在していた。嬉しいんだけど、切ない気持ちの正体はこれなのかな?ずっと好きでいてほしいのだけれども、難しいかもしれない。

純粋な心で日本のことを好きだという気持ちを持つ彼を、心無い人が傷つけないことを願うばかり。母国以外の国にも関心を持ち、情熱を傾ける気持ちはとても尊いものだと思うから。



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2016/06/09

お母さんの言葉




久しぶりに日本の母と電話をした。私の周りで最近あった色々なことを、母に聞いてもらった。母と電話をすると、いつも前向きになれる。自分の悩みも、くだらないことだったんだなと思える。

母の言葉は論理的ではないし、科学的な根拠にも欠ける。でも、なぜか「ああ、そうか」と思えるから不思議。例えば、

「忙しくて週一でしか掃除ができていない」と言えば、「掃除しなくたって人は死なないから大丈夫だよ」
「韓国で子育てって大変そう」と言えば、「国なんて関係なくどこで育てようが、親がしっかりしていれば問題ないよ」
「ドンちゃんって腕にホクロが多いの」と言えば、「触ったら、大きくなるよ」
「痔になった」と言えば、「長い人生の中でほんの一瞬の痛みだよ」

などなど。どれも言葉としてはなんとなく説得力が欠けるんだけど、母が言うとそれこそが真理であるように思える。

記憶の中に鮮明に残っている母の言葉がある。それは、ドンちゃんから告白されて、それにどう答えようか悩んでいた時。交換留学が終わったら遠距離になるということはもちろん、外国人である彼とうまく付き合っていけるのかなという不安が少しだけあった(彼のことはもちろん好きだったけど)

「どこの国の人でも自分のことを大切に思ってくれる人がいるって、とても幸せなことだと思うよ」

という母のこの言葉は、私の不安に対する具体的な解決策を提示するものではなかったけれど、でもとっても感動した。この言葉を聞いて、人を好きになる気持ちの普遍性に気づき、彼を好きな気持ちを大切にしていけば、色んな壁を越えていけるかもと思うことができた。

思えば、私は母のこうゆう言葉を望んでいるのかもしれない。何かの根拠に基づいた論理的で的確なアドバイスではなく、母自身から生み出される母らしい言葉を。だって、人は必ずしも、具体的で論理的な言葉を望んでいるのではないもの。時には感覚的な言葉が欲しいもの。じゃないと、人生を歩くのに息が詰まりそうになる。

母の偉大さ(?)を感じながら、前向きになった夜。何かあれば、なくても、またお母さんに電話しなくちゃ。





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2016/06/07

お家で韓国ごはんー美味しいお豆腐キムチー





ドンちゃんと楽しく過ごした三連休が終わり、始まりの火曜日は曇り模様。さっきまで雨が控えめに降っていたけれど、今はただ薄く濁っている空が広がっているだけ。


三連休の最終日は、ドンちゃんといつものように市場へお買い物。お魚屋さんでは貝を、お豆腐屋さんでは出来立てホカホカのお豆腐と清麹醤(チョングッチャン)を、お肉屋さんでは新鮮なチャドルバギ(牛のバラ肉)を、野菜売りのおばさんからはネギやらナスやらを購入。家までの帰り道、トッポギとスンデのお店でおやつタイム。

夕飯は買ってきたもので、ドンちゃんと一緒にお料理。献立はいつものように日本と韓国のミックスです。私のリクエストである「チョングッチャンのチゲ」と「お豆腐キムチ」はドンちゃんの担当。

一番上の写真ははりきって書いていたドンちゃんのレシピメモ。冷蔵庫に貼って、見ながら作ってました。ドンちゃんの文字は独特で読みにくいけれど、私にとっては愛らしく見えるから不思議(爆)





ということで、今日はドンちゃんが作ってくれたお豆腐キムチを紹介します。ただのキムチをお豆腐と食べるのではないのです。キムチにひと手間加えるだけで、キムチ自体もおかずになるのです。ちなみにキムチは発酵が進んだものを使うのがポイントです。

作り方は簡単。豚バラと玉ねぎを炒め、火が通ったら、キムチを投入しさらに炒めます。キムチとお肉の量の比率はお好みで。我が家は2対1です。しんなりしたら、梅シロップをたらり、これでキムチの酸っぱさと辛味を抑えます。さらに出汁(煮干し、しいたけ、乾燥エビ、ディポリ)を少し加え煮汁がなくなるまで煮込んだら完成。




お豆腐はかたまりでキムチの横にドンと置いて食べるのが我が家流です。お箸で自分が食べたいだけを崩して、キムチと一緒に食べます。キムチも美味しいけれど、お豆腐が何より新鮮でもっちりで美味しい!お豆腐屋さんのお豆腐で是非試してほしい一品です。

ただ、ドンちゃんの隣で私も料理をしていたので料理中の写真がないのが残念。が、このキムチはたくさん作って保存して、常備菜としてそのまま食べてもとっても美味しいです。おすすめ!


ドンちゃんの二つ目の献立である「チョングッチャンのチゲ」も大成功だったので、次で紹介します。
ドンちゃん、美味しかったね、ありがとうね~





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2016/06/05

お肉を食べた土曜日

       


韓国は只今、三連休。月曜日は顕忠日といい、国のために犠牲になった人を弔う日で休日なのです。

この顕忠日にぴったりと該当する記念日が日本にない分、韓国について色々と考えを巡らせる一つのきっかけにもなります。

正直、音だけで현충일(顕忠日)といわれてもピンとこなかったのですが、漢字にすれば、なるほどと納得。忠を顕す日。命を懸けて国家に尽くした国民たちを、残された国民たちが弔うことで、国家に忠を顕す日ということなのか、とか。やはり儒教色が強い韓国は「忠」という言葉が好きなんだな、とか。「表」ではなく「顕」を使ったのは、国民には潜在的に「忠」があるということなのかな、とか考えたり。

ともあれ、一番実感し、一番日本と違うなと感じるところは、軍隊があり、戦争が比較的身近にある国なんだなということ。これは、こういった記念日だけではなく、韓国の映画や小説を通しても思うことだけど。

そんなことについて、朝から寝起き顔でドンちゃんと話していました。昨日の夜、たっぷりとお肉を食べたせいで、少し胃が重い朝だったけど。

お肉は久しぶりのサムギョプサル。サムギョプサルといえば、社宅のそばにあるこじんまりとした、しかし地元の人に愛されるお店「남도회관」が我が家の大定番。ヨスに来てくれた友人から「サムギョプサルが食べたい」とリクエストされたら、必ずここに連れてきます。

ここは、両側に炭を置き、串に刺したお肉にじっくりと火を通すスタイル。油が落ちて、でもジューシーで美味しい。お肉も美味しいけれど、しめで食べる翡翠色の冷麺も美味。ヨス名物、野沢菜のキムチと一緒に食べます。ちなみに夏限定。冬のシメは熱々の海鮮カルグクスです。これも美味。

いつも写真を撮ってもうまくいかないので、今回は動画をあげてみました(音は出ません)大した動画じゃないけれど、サムギョプサルと冷麺の美味しさが伝われば本望です。


ということで、明日もドンちゃんはお休み。やったね!外食は控えて、お家でドンちゃんと一緒に料理をしようと思います。安売りしてた豚肉で。




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2016/06/03

再びの繰り返しの中心



ドンちゃんの手を握るたび、幼い頃、父の手をぎゅっと握る時に感じたあの安心感を思い出す。彼の手から感じるものと父の手から感じたものは全く同じ。そのぬくもりと温かさも。


写真はマイベイビー、僕と結婚してくれてありがとう、と貰ったお花。

何かにおいて、言葉や行動で表現してくれるドンちゃん。誕生日や記念日ではなくても、お花と一緒に色々な言葉を贈ってくれます。「僕はマイベイビーと結婚できて本当に幸せだよ」「マイベイビーが僕の妻であることが僕を幸福感で満たしてくれる」などと、ロマンチックな(ちょっとキザでくさい?)ことをさらっと言う彼。

ドンちゃんに対し、特にありがたいなと思うことの一つは、私に何も要求せずに、私のそのままを受け入れてくれること。たとえば、とある人に「顔のホクロを取った方がもっと美しくなる」と言われたとドンちゃんに報告した時、ドンちゃんがその人に対し「マイベイビーにそんなことを言うなんて!マイベイビーはそのままが一番美しいんだ!」と烈火のごとく怒りを露わにしたり、吹き出物がボツっとできたり、体重が増えたりした時、「気にしなくていいんだよ、今が一番きれいだから」という言葉をかけてくれたり。

そんなドンちゃんの愛は、お父さんが私にくれる愛とそっくりだと気づきました。私を無条件で愛してくれて、常に私の味方でいてくれるお父さん。もちろんお母さんもそうだけど。だけど、私は小さい頃からパパ大好きなお父さんっこだったからなのか、ドンちゃんからの底なしの愛を感じるたびに、小さい頃の自分に戻る時があります。父の隣にいる私に。

例えば、二人でソファーに座ってテレビを見ている時。ソファーに座るときはいつもドンちゃんのたくましい腕に全力で巻きつく、もしくはドンちゃんの首に腕を回して全力で抱きついているのだけど、ふと、同じことを小さい頃にお父さんにもやっていたな、と思い出すのです。記憶だけではない。その記憶の中にある、大人になった今でもずっとずっと覚えていた、お父さんの温かさや、その時感じた安らぎも一緒に。

寝る時もそう。ドンちゃんの大きくて温かい手を握って眠りにつく時、小さい頃にお父さんの隣で手をぎゅっと握って抱きついてた自分と今、彼の手を握っている自分との境界線が自然に消えていきます。

ドンちゃんの横にいる時に感じる気持ちは、幼い小さい頃にお父さんの横で感じたあの安心感、疑いなんて一滴もない全力で自分の全てを寄せることができる存在がいるという幸福感と、不思議なことに全く一緒。同じように温かく豊かなもの。


不思議だなと思いながらも、それを通して自分なりに悟ったことがあります。それは、親子の愛も夫婦の愛も大きく変わるものではないのだなということ。この二つに共通するもっとも大切なことは、条件なしで相手の全てを受け入れ、疑いが一切ない信頼がその関係性の根底にあることなんだな、と感じました。そしてそれこそが、家族の愛なんだなって。父や母からそれを受け取って、ドンちゃんと愛し愛し合っていく中でそれを確認していく。そしてそれを私たちの後の世代に伝えていく。

人生は「再び」の繰り返しで、その中心に家族愛があるのだな。


さて、6月になりました。父の日に何を贈ろうかなと、ファザコン気味の娘はルンルンな気分になる月です。先月の母の日はドンちゃんと一緒に美味しいと評判の限定ビールをひと箱まるごと贈ったな。

父の日ギフトを選びながら、今月もドンちゃんと楽しくのんびり過ごしていきたい。





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