My everyday life from Yeosu/여수/麗水, Korea.


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2019/08/14

夏




まだ太陽が地面を焼き尽くす前の夏の朝、夜の空気は残っていて、木陰をくぐると初夏の爽やかさを思い出すことができて、それでも、蝉はジージーと鳴いていて、真っ青な雲ともくもくの入道雲のコントラスト、どんどんと陽が強くなっていき猛暑が私たちを追いかけてくるなか、息子と散歩に出かける。私の前をずんずんと楽しそうに走っていく息子の背中を見て「最高の夏にしようぜ!」と何度も思う。




平日はもっぱら近所の公園へ。ヨス市は最近、子供が自然の中で遊べるコンセプトの公園を色んなところに開発している。毎日通う公園には子どもの外遊びに詳しい管理人の先生たちも常勤されており、息子もとても慕っている。これも教育の一つだと思うけれど、そのベクトルの方向に以前とは違う変化がみられるような。


パラソルが設置され、水路には水が流れる。俗にいうじゃぶじゃぶ池ですね。水を張っただけのプールには満足せず、液体が持つ特性を確認したい息子にとってはこういった水路はありがたい。こサンダルを脱いでじゃぶじゃぶと水で遊び、疲れたらベンチでおやつタイム。最近は噴水も追加で作られたので、お兄ちゃんお姉ちゃんたちに混じってキャッキャとはしゃいでいる。

そういえば、こないだ公園で孫を5人連れてきていたハルモニに茹でたとうもろこしを頂いたな。ハルモニ、孫のおやつタイムにとうもろこしだけじゃなく、蒸したジャガイモや殻付きのゆで卵もたっぷり持参していた。孫たちは夏休みが始まってソウルからヨスに遊びに来たらしい。一人一人を紹介してくれた。ハルモニも嬉しそうだったな。(私も公園に持っていくおやつの選び方とかこのハルモニにインスパイアされた)



週末は家族で海が定番になっている。パラソルも買ったので砂浜にさして、そこで砂遊びをしたり、すいかを食べたりする。浮き輪も買ったのだが、息子は寄せては返す波と海水に濡れた砂が好きなので、ぷかぷか浮くことには関心を示さず無念。いつも朝早く家をでて、カフェでお茶した後、11時ぐらいまで海で遊んで、水道で洗って、着替えさせたら公園で遊び、お家でお昼ご飯というコース。もちろん昼寝は三人で。



夕方はドライブがてら順天の湿地が良く見える見晴らしの良い公園に行く。陽が和らいでいるので、そこで走り回ったり、シャボン玉をしたり。先日みた家族はレジャーシートをひいて、テイクアウトしたピザを食べていたな。


こんな風に?平日も休日も息子の夏を最高のものにさせたくて奮闘している。特別なことはできないけれど、ケラケラと笑い楽しそうにしてくれているのは、ヨスのほどよく自然が近くて子育てし易いという環境に因るところも大きいと思う。

二人で遊び尽くす毎日。夜寝る前に「今日もたくさん遊んだね。明日も一緒にたくさん遊ぼうね」と息子と約束するのが日課。8月も折り返し。韓国は名残惜しむ暇もなく、すぐに秋が来てしまう。残りの夏も彼と一緒に楽しみたい。








2019/07/31

パパっ子





梅雨が開けた青い空に映える百日紅の花のピンク色。いよいよヨスに本格的な夏がやってきた。

それにしても暑い。といっても高くて30度ぐらいなので日本よりはましかもしれない。が、暑い。そして暑いのは気温だけではないのが我が家。息子の父親への愛も熱く、大爆発している最近である。

子どもは俗に言う「パパっ子」です。実際に私たち家族を知る人は、「パパっ子だろうそうだろう」と当然のように納得する人も多く、私もそうなることは子どもが生まれる前からわかっていた。というのもドンちゃんがどんなに家庭的で愛情深いということを私が一番知っていたから。実際どんちゃんは雨が降るごとく息子に愛情を注いでいる。もう土砂降りもいいとこ。

が、ここまで強烈なパパ大好きになるとは予想していなかったのが正直なところ。

朝起きたらパパパパパパと言ってパパを起こし(私は無視)、出勤するまでべったりくっついてパパと遊び、パパが身支度をし始めるとそわそわし始め、いってきますで号泣。そこからなんとか持ち直し、私と外に遊びにいくも「パパ、あーたい(会いたい)」と10分に1回はつぶやき、家で遊んでいてもパパとよく遊ぶおもちゃを指して「パパ!」と言い、帰宅の時間が迫るとパパの車を探し、似ているのを発見すると「パパ!」と叫ぶ。もちろんパパが帰宅すると、すごい嬉しそうな顔で「パパパパ」を連発しパパに突進、そこからもう離れまいとずっとべったり抱っこ。夕ご飯もお風呂もパパがいい。寝かしつけもパパがいないとダメ。たまに残業で遅くなり私が寝かしつけるときは「パパあーたい!」と大号泣で泣き止まず泣き疲れて寝る、といった具合。

正直、楽と言えば楽。平日の朝と夜の育児をドンちゃんに丸投げできるからこそ、昼間100%で息子と遊ぶことができる。イヤイヤ期+暑さで大変だけど、概ね育児って楽しいなと毎日充実した日々を過ごせているのは、息子のパパ好きのお陰でもあろう。逆にママっこだったらと思う少しゾッとしてしまう。

でもやはりどこか寂しい。今朝はおもちゃに足を取られて転んで顔を打ってしまった子ども。びっくりしたこともあってわーっと泣いてしまった。今までは痛くて泣くときは私じゃないとダメだったし、私に抱っこを求めていたのだが、今日はパパに手を伸ばし抱っこを欲しがっていた。ドンちゃんが抱っこをしたらパパの肩にほっぺをくっつけて泣き止んだ子ども。

今まで子どもに対して感情的になって怒ったことはもちろんないし、それどころか毎日毎日彼に寄り添って彼の意思を尊重しながら大切に大切に接してきたからこそ、その場面を見てちょっとした喪失感を感じてしまったし、悲しくなってしまった。しかしながら、自分のそうゆう気持ちがドンちゃんの育児を邪魔しているなってすぐに反省した。そしてそれは子どもの母子分離、延いては自立の阻害要因にもなるなと。

父親だって育児に参加したい人はたくさんいる。ドンちゃんもその一人で、子どもの色んな成長(それは子どもにとってももちろん親にとっても人生のうちたった1回しかないこと)を見逃したくないという強い思いがあること、それを私と一緒に経験したいことを知っている。自分が持つ最上なものを子どもに与えたいと願っている。父親だからというより、親だから。子どもの親だから。育てて自立させる責任があるから。
(個人的には参加したくなくとも強制参加なのが育児だと考える)

育児界隈って新旧が混同していて、最新の教育情報が耳に入ってきたと思ったら化石かと疑ってしまうような呪いの言葉も良く聞く。「子どもはやっぱりママが好きだもん」とか「育児はママの方が上手よね」とか「一緒にいればいるほど愛情が伝わる」とか言った言葉は間違いなく呪いで、ドンちゃんを見ているとそんな言説は一刀両断にできることが明確に分かる。子どもに誠実に向き合う努力をすれば、一緒にいる時間の長さに関わらず子どもは必ず心を開いてくれる。そこに母親だからとか父親だからとかは存在しない。

家の中で子どもに後追いされながら(ほぼストーカー)楽しそうに育児をするドンちゃんを見て、女性はもちろん、育児をしたい男性にとってだって、もっと生きやすい社会になればいいなと思う。

悲しくなった自分に反省をして、ドンちゃんの育児をサポートしていかなくちゃ。





2019/06/20

第一次反抗期



外は日差しが強く、少しづつ確実に暑くなっていることを実感できる6月。家を吹き抜ける風が気持ち良い季節でもある。息子のお昼寝中に窓を開けっ放しにして静かに本を読んでいると、あまりの気持ちよさにウトウトしてしまうけれど。



最近読んでいる本は、韓国フェミニズム文学を追うためにパク・ワンソの作品、今も尚自己批判を続けるその姿に感銘を受け久しぶりにクッツェー、チリの詩人パブロ・ネルーダの幼少期を描く児童文学、などなど。少し前は第一次反抗期に関する理論書、児童心理学からアプローチした本も幾つか読んだ。

先月1歳半になり、明日で1歳7ヶ月になる息子。本格的な第一次反抗期に入った模様。一方で世界を捉える力がついてきて、自分の活動をこころゆくまで追求し、自分ができること/できないことを確認し、自分が本当にしたいこと、心の奥底で何を望んでいるのかを知っていく、そんな姿を毎日、毎時間、毎分見れるようになった。世界を試し、知っていくそんな息子の姿が私はすごくすごく好き。

理論武装し、対処法なども頭に叩き込んで臨んだイヤイヤ期。本の通りにいかないことももちろんあったりするが、なるべく息子にゆったりとした時間と、自由に活動できる空間を与えて、自由に様々な体験をさせたいな、と思う。その体験に意味を見いだし統合する過程で自我が形成されるのだから。

同時に私もなるべくゆったりとした気持ちで毎日を過ごすことがものすごく大事。いや、一番大事かも。そのためには、息子のねんね中にのんびりと本を読むことが必要だなと感じる。本を読んで豊かな気持ちになることは自分のためでもあり、家族のためでもあるのだ。



↑おまけ
息子の本棚もだんだん充実してきた!

2019/04/23

根をおろす



子どもとお散歩を一緒にするようになり近所に顔なじみが増えた。そして毎日がグンと楽しくなった。

毎朝公園で会うおじいさんやおばあさん、同じ年頃の子どもを持つお母さんやお父さんたち、夕方になると孫を布団と一緒におんぶし外に出てくるハルモニたち。皆会えば挨拶し言葉を交わし、息子をたくさん可愛がってくれる。

息子を通し韓国人の顔なじみが増え、ついにここで根を下ろすことができたのだなぁと実感する。

もちろん、家族ぐるみで仲良くしている台湾人の友人や、1言えば10理解してくれる日本人の友人たちの存在も大きい。

永住権も取得済みだが、覚悟みたいなものが無い為まだこの地に根を張れないと思っていた。が、実際覚悟なんて必要なかったな。

今年の春、こちらで出会い家族でお付き合いさせて頂いた日本人のご夫婦が本帰国された。私たち夫婦のお手本であったお二人だった。すごく寂しかったが、4年間、とても楽しかった。Rさんに生まれて1週間の息子を抱っこしてもらったことが昨日のことのようで、自分にとってかけがえのない大切な思い出になっている。(Rさん、広島遊びにいきまーす!!)


ヨスに来て7年目、7度目の春。顔なじみが増えた一方で、送り出す側になった。やはりここに根を下ろしたということか。私もヨスの人間なんだな。



2019/04/01

春の味


暖かい日と肌寒い日が交互に続くヨス。子どもとの散歩のために、某アウトドアブランドのアノラックを買ったのは正解。子供と一緒に見上げそこに集まっている蜂の羽の音を聞いている桜も、あっという間に満開。今週は毎日桜を堪能できそう。





先日大好きなチャンオタン(鰻のスープ)のお店に行った時、一緒に出てきたパンチャン達も春仕様。봄나물(春の山菜)が使われていた。野生のウドは味噌で和えて、ノビルは岩のりと一緒に。美味しくてお代わり。

満開の桜を子どもと一緒に見ることが楽しみだったけど、散りゆく頃も楽しみだなと思う。小さな哲学者は桜吹雪にどんな反応をするのかな。




2019/03/13

小さな哲学者の散歩

黄色い小さなレンギョウの花が咲き始め、湾にいる鳥たちもここを発つ日が近いのか、飛び立つ練習に抜かりない様子。ヨスに春が来ました。

子どもにとって2回目の春。1年前はまだ3、4ヶ月で歩くことはおろか、首座りもまだまだな赤ん坊だった彼(成長が遅めだった!)。今は1日計3時間以上は外で歩き回る、外で遊ぶことが大好きなわんぱくな幼児に成長しました。

朝から昼まで外を歩き回り、お昼を食べてお昼寝をしたら、また夕方まで外で遊ぶ毎日。子どもはもちろん私もすでに日に焼け、寝かしつけの7時半には自分もいびきをかいて寝そうになりそうなほどクタクタ。けれども、動き回る子どもを見るのはとっても楽しい。

例えば、子どもが影の存在に気付いた時。影を見ながら、振り向いたり、戻ったり、曲がったり、歩き方を変えたり、初歩的だけど確かめる方法論が身についていてびっくりしたり。

水溜りを見つけたら、手でバシャバシャするのがお気に入り。水が色々な方向に飛び散る様が、叩き方によって変わることが面白いみたいで、それは同時に液体が持つ特異現象を発見でもあるなと思ったり。

鳥の鳴き声に身体をバウンスしたり、笑いながら歩いて、立ち止まって回ったり。

自由に何かを思いつきながら動く様はまるで小さな哲学者。そんな姿を見て、子どもにとって自然の中で自由に遊ぶ重要性を感じました。毎日特に予定もなく、子どもと外をあてもなく自由に散歩するのが日課だけど、これからも出来る限りそうゆう時間を与えていきたい。子どもにとって人生のほんの一瞬だけど、とても大事な時間だよなぁ。

ベビーカーを使わずあんよが基本な分、抱っこの要求にも耐えねばならず、私の腰も悲鳴をあげているけれど、もう少し踏ん張っていこうと思います。。。。

小さな哲学者の散歩、日々記録していこう。

追記
毎日子どものペースに合わせて子どもを自由に遊ばせてあげられるのは、私の精神状態に余裕があるから。それはどんちゃんの存在が大きい。朝は早起きの息子と一緒に起き、朝ごはんの支度して、朝ごはんを食べさせ、顔を洗いスキンケア、オムツ替え、そして私を起こしてくれる。夜もすぐに帰ってきてくれて、メインで育児を、子どもが寝てからは家事をしてくれる。休日ももちろん育児のメイン担当者はドンちゃん。我々はチーム育児として子どもの健やかな成長を目標に日々奮闘してます。(つまり、私が人間として大きいので余裕ある育児をしているわけでは決してないということを書きたかった、いやそもそも余裕あるのか?!)



2019/01/02

1年10ヶ月ぶりに



1年10ヶ月ぶりにお酒を解禁した。最初の1杯はアサヒスーパードライ。あんなに飲みたくて仕方がなかったはずなのに、美味しくなくてびっくりした。あれ、こんな味だったけ?ビールが大好きだったから、ちょっと悲しかった。

酒解禁のわけは、13ヶ月に及ぶ授乳生活が終わったから。息子、卒乳してしまった。元々母乳信者でもなかったし、6ヶ月ぐらい続けてあとはミルクに移行しようと考えていたぐらいだったので、早く卒乳してくれるといいなぁとは思っていた。けれど、こんなに早く終わりが来るなんて。自分が思っていた以上に寂しくなってしまった。

とはいえ、そろそろ終わりの時期かなぁとは感じていた。飲む時間も回数もどんどん縮小していったから。結果的に最後になった授乳は「あ、これが最後かも」と思いながら授乳することができた。

なかなか上手に飲めなかったり、飲みながら寝たり、ニヤニヤしながら遊び飲みしたり。飲みながらだんだんと熱くなってくる頭や首筋、いつもよりよく見える耳、私の腕に絡みつこうとする足、飲み終わったあとの満足そうな笑顔。

1年とちょっと、色んな表情を見せてもらったし、成長とともに色んな経験をさせてもらった。どれもこれも今日でさよならなんだ、と思いながら授乳ができた。寂しいけど悔いなし。



久しぶりのビールは美味しくなかったけれど、大晦日にドンちゃんと開けた白ワインと元旦に飲んだ生マッコリは美味しかった。やはり人生にお酒は必要である。1年9ヶ月のブランクを埋めるため、今年はどんどん飲酒していこうと思う。













2018/12/18

重み



先日、家族3人でヨスで開催されている報道雑誌であるLIFE誌の写真展に行ってきた。

なぜ、ヨスでも開催されるのかな?と少し疑問だったが、行ってみて合点。ここヨスの悲しい歴史、李承晩政権によって多数の民間人が逆猿された麗水・順天事件70周年を記念した特別展示もあったから。

知れば知るほど実感する韓国近現代史の重みよ。

息子のを抱きながら、銃弾浴びた学生たちの写真を眺めたけれど、歴史とか遠い過去とか他人事だとは思えなくて、胸がざわざわした。韓国はドンちゃんと息子の母国でもあるから。以前よりもずっと韓国の隠れた悲しい現代史に興味を持つようになったのは、親になったから、というより、大切な人の母国だから、という意識に近いな。あとは韓国文学を理解する上で決定的に重要だなとも感じるから。これについては後々書きたいところ。

写真はその日にランチで食べた、豚の頭肉とスンデのクッパ。畜産農協組合が運営するお店で、スンデがとっても新鮮で美味しい。熱々の白い濃厚なスープにご飯を浸し、はふはふ食べると韓国の冬だなぁと感じる。野生のナズナのナムルも味噌で和えていて美味しかった。



2018/12/04

贈り物



12月になりました。ヨスは比較的暖かいので未だにニットコートで過ごしています。なのでダウンジャケットやヒートテック、腹巻き、ふわふわの靴下などまだまだ出していません。しかし世間は冬支度を着々と始めているよう。近所のスーパーではキムチのための白菜が20キロ1500円以下で売られていたり、牡蠣が安かったり。カフェではクリスマスの雰囲気も出てきました。


クリスマスのプレゼント、にはまだ早いけれど我が家にも贈り物が届きました。差出人はドンママ。韓国は高速バスで荷物を送れるサービスがあり、ターミナルまでピックアップしなくてはいけないけれど、即日受け取れる利点があります。ドンママがその日の朝に作ってくれたおかずをたっぷり送ってくれました。


焼いたお豆腐を醤油で煮込んだもの、干したイカを甘辛く和えたもの、ワカメの茎の炒め物や高麗アザミのナムル、そしてユッケジャン。写真にはないけれど大根のキムチやどんぐりの粉を煮詰めてこんにゃくみたいに固めたものも。

一つ一つ丁寧に包んでくれて、名前を書いてくれて。深い愛を感じた贈り物でした。そして美味しかった。

さて、さらに深い愛がこもったプレゼントをドンタクロースのおじさんに期待しよう。息子と私の分ね。

2018/11/06

楽園の時代



朝散歩。息子は鳥の囀りに興味津々で音の源を探していた。鳥についてはまだ知らないけれど、知った時どんな反応をするのだろうか。自分が飛べないことを知って落胆してしまうかも。

そんな息子、鳥の囀りのような豊かな喃語でひたすらおしゃべりして、手を動かして何かを伝えようとしている毎日。


そんな息子の様子を見て、ふと、「人は幸運に恵まれていれば、言葉を覚える前に、言葉にならない音としぐさのやり取りを楽しむ楽園の時代を持つ」という一文を思い出した。鶴見俊輔『思い出袋』にて金鶴泳について書かれたところにある一文である。

金鶴泳はこの幸運に恵まれなかった、父親の暴力によって。鶴見はこのことと、在日朝鮮人作家たちが母国語ではない言葉で多くの優れた日本語文学作品を生み出したという事実を重ねている。章題は「使わなかった言葉」、さすが鶴見俊輔だなと唸る鋭さと眼差しの温かさである。


息子のこの楽園の時代ができるだけ長く続いて欲しい。ひらがなもハングルももちろんアルファベットもなるべく遅く習得すれば良いと思う。言葉を覚えたら、世界の見え方はまるっきり変わってしまうから。喃語でおしゃべりするこの特別な時期を、のんびり過ごして充分に楽しんでほしい。


2018/10/25

色んな音


ドンちゃんは毎日仕事を定時で終わらせ、弾丸のような速さで帰宅してくれます。それが18時半過ぎ。その時間までには息子すでに夕食もお風呂も済ませているので、就寝時間の19時半まではたっぷり遊べます。ドンちゃんと息子の至福の時間です。



私はその時間に大人の夕食を簡単に準備するのですが、最近ちょこっと参加。というのも、三人で一緒にする絵本の読み聞かせが楽しいから。

日韓で同じ本をセンテンスごとに読んでいます。私は日本語、韓国語はドンちゃんで。バイリンガル教育とかではなく、単純に面白いから。そして息子も集中してくれるから。同じページでも、音が全然違っていたり、でも似ていたり。あいうえおだけじゃなくって、世界には色んな音があって不思議で面白いよって。




上の写真の「でてこい でてこい」も好きだけど、韓国の子守唄の絵本である「새는 새는 나무 자고(邦題、ことりはことりは木でねんね)」もすごく好き。リズム良く、愛情溢れる内容に沿う韓国画が美しくてうっとりします。日本語にも翻訳されていて、새をことりと訳しているがすごいなぁと思ったら、なんと松谷みよ子さんが翻訳されていた。さすがわ。とてもお勧めです。


日中は私といるので絵本は日本語に偏りがち。最近の息子は絵本を読み聞かせろ欲求がすごいです。自分で絵本を選び「え!(読め)」と命令、ぶっ続けで読み聞かせ。同じ本を繰り返したり、ページを飛ばしたり、途中で別の本に移ったり。今日は45分間を3セットで、読み手は喉が痛くなりました。




そんな毎日なので息子が絵本をより取り出せやすくするための収納をよく考えています。普段は手に取れる小さめの本は箱に入れて、大きめの本は立てているのだけれど、息子の動線を考慮すると改善の余地あり。

我が家は基本2言語で生活しているので、息子との絵本ライフも2倍に楽しくなるといいな。



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2018/10/17

冷たい風




週末は久しぶりに家族三人で遠足へ。行き先はヨスを成す一番大きな島の、一番南に位置する向日庵というお寺。家からは車で1時間。ヨス屈指の観光地。




そこでの景色も、そこで食べたご飯も良かったけれど、一番印象的だったのは道端で국화빵を売っていたおじさん。국화빵とは菊バージョンのたい焼きといったところ。ただあんこは日本に比べてかなりさっぱりめ。たぶん小豆を潰しただけでお砂糖は使ってないんじゃないかな。

3個で200円。その場で3つ作ってくれた。出来立ては熱々なのはもちろん、表面がさっくさくでなかがもっちもち。すごく美味しかった。二人で1つずつ食べ、残りは大切に取っておき、翌朝トースターで温めて二人で半分っこしたほど。

ここのおじさんが別れ際に「冷たい風が吹くようになったら、このパンのこと思い出してね」って言ってて、それがとっても粋があって、風情があって、すごく良かった。直接「また来てね」って言うのではなく「思い出してね」って言い回しがぐっとくる。

そして何より、韓国語の찬바람(冷たい風)という言葉が、日本語の「冷たい風」よりも、質感を伴って心に響いてくる。秋が深まり冬の訪れを教えてくれるツンとした風。韓国の短い秋が終わってしまう寂しさを感じるあの風。찬바람は韓国の四季を巡る思いが詰まっているなと、おじさんの言葉を聞きながら思いました。

韓国の市井の人々の表現や言い回しに最近惹かれることが多くなった気がする。息子にかけてくれる「美しい人」といった言葉とか。







ちなみに、ここでのお昼は海鮮パジョンと太刀魚の煮込み。見晴らしが良いところで食べたことも手伝って、とっても美味しく頂けた。特に海鮮パジョンは久しぶりにザ・クラシックなパジョンって感じで美味しかったな。太刀魚は骨が骨が多いから少し食べるのが面倒くさい。

来週の遠足は鶏のユッケを食べに行こうと計画中。実りの秋だもの、찬바람が吹く前に色々と食べ歩かないとね。



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2018/10/11

愕然とした


朝晩冷え込むようになってきたヨス。空も高く、空気も乾燥し、熱いコーヒーが美味しくなってきました。久しぶりに足を運んだ市場では、無花果の代わりに栗や柿が並んでいて、本格的な秋が訪れていることが分かります。

先日約1ヶ月の日本滞在を終えヨスに戻ってきました。ヨスに戻る時は母も一緒に。有給を使ってくれて、約1週間一緒にのんびり過ごしました。



息子が新生児の時にお手伝いで来てくれた前回はどこにも行けなかったので、今回はちょこちょことお出かけしました。母と行きたかった順天の庭園博覧会の公園ではちょうどコスモスが咲き盛り。息子はベビーカーでねんねしてしまったけれど、その分ゆっくりコスモスを楽しめました。



美味しいものも色々と食べたなぁ。スケトウダラを生のまま干して煮付けたものが今回のヒットでした。




そうそう、ヨスに帰る際、台風の影響があり金浦でドンちゃんと合流し一泊したのですが、泊まったレジデンスにドンママが手作りの晩御飯を持ってきてくれました。緑豆で作るビンテットクやキムチチゲ、コギジョン、ナムルなどなど。どれも本当に美味しくて、母にもドンママの美味しい韓国料理を食べさせてあげたかったので、すごく嬉しかったです。ちなみに写真はアワビと椎茸と燻製卵のお醤油煮。ドンパパが7時間かけて卵を燻製にしたみたいで、味がしみて美味しかった。

それにしても実家では両親にたくさん助けてもらった。両親にとっては、寝てばかりだった時よりもハイハイするようになり、笑ったり怒ったりするようになった息子がもっと可愛いいらしく、とても可愛がってくれた。

掌中の珠のように息子を慈しんでかわいがる両親の姿を見ていると、自分も祖父母からこんな風に思われていたんだと愕然とする。何一つ分かってなかったって。いや、分かってたつもりだったんだけど。祖父母としてはそんなこと分からなくていいと思っているんだろうけど。こんなに愛されていたんだな。

でも同時に、息子が私の両親に歓びをあげているように、私も祖父母に良いものをあげることができたんだなーって思うと、自分って偉いなーっておもいました(爆)

今日で母が帰ってしまった。見送りから帰る時、息子を抱きながらほろほろ泣いてしまいました。寂しくって。でも、またここで愛する人たちと生活を作っていく楽しみがあるから、メソメソせずに今しかない一度だけの毎日をしっかりと楽しんでいこうと思います。



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