My everyday life from Yeosu/여수/麗水, Korea.


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2019/01/18

挨拶




日本に帰省して2週間。麦とホップという発泡酒しか飲んでいないことに気づき、軽く絶望しながら、軽く酔っ払いながら、このブログを書いています。今年初のブログだ!と思っていたら、2日にも更新していたことに気づきました。でもまあ「今年初」という体でちょっと書いてみます。

今年は何をしようかな。どんなことをしたいかな、と近頃は考えています。最大の目標は陶芸に復帰。これは案外あっさりと叶いそう。息子が卒乳したので週末はドンちゃんに育児を任せて、高速バスに乗って通うことはできそう。出産前と同じような5キロ以上をひけるようになるには随分と時間が必要になりそうだけど。

あとは、ヨスで旅人に出会った時、その人をもてなしながらよすについての物語を話せるようになりたいな。ヨスのこと、ヨスで暮らす人々、ヨスと自分の家族のこと、ヨスでやりたい夢や希望とか。自分の住む街について話せるっていいなって。人間を旅人と現地人の二つに分けるとしたら、
今まではどこかで自分は旅人でありたいと思っていた。けれど、今は現地の人でありたいなと思います。一つの土地に家族と一緒に生活していくことも、世界中を旅することと同様にそれ以上に魅力があるよなと。常にヨスで暮らす「自分」だったけど、今年は自分が暮らす「ヨス」について、もう少し考えていきたいところです。

そして何より、育児。今この瞬間を子どもが幸せに過ごせるようにと育児をする、そんな自分でありたい。なるべく。それを積み重ねていきたいです。どんな親になりたいか、よりもどんな親子関係を築いていくかにフォーカスしながら、今年も育児を楽しんでいきたいな。

ブログはこれからどうしようと考えていました。毎日クタクタに疲れちゃうのでブログを更新する時間もなく、気力もなく。育児に関して書いていきたい気持ちもあるけれど、息子との些細で幸せな日々は自分の胸の内に秘めておきたいという気持ちもあり。もうブログも潮時かな、と思ったのですが、やはりアウトプットできる空間は確保しておきたいし。

どんなブログを書いていくか、これを今年の課題の一つにしてコツコツと続けていこうと思います。2019年、今年もよろしくお願いします。

写真は今年さっそく買ったおもちゃたち。ままごとも積み木も美しい。




2017/11/09

厄介でまとわりつく創作欲のこと




妊娠してから、陶芸ができなくなりました。

光州までの高速バスに乗ることが辛いこと、腹圧がかかること、など理由はいくつかあったのですが、土に触れることができないこと、創作欲を満たせないことは想像以上に辛かったです。自分の中にある、形のない何かを形にしていかないと、モズモズしてしまうから。それでも、修士論文を書くことで創作欲を満たしていたのですが、問題は卒業後。

そこで始めたのが、洋裁でした。以前ブログで書いた通り、パターンを引いて、裁断して、仮縫い、フィッティング、本縫い、アイロンがけ、全ての工程を一通り習いました。どれも難しかったし、本格的に自分の技術にするにはあと10年はやらなければと思う。でも、頭の中にあるデザインを、伏線をたくさん引きながら一つの線にして、それを立体にしていく作業は、人間の思考行為と類似していて、論理的でもあり、想像以上に面白く、そして私の創作欲を充分に満たしてくれました。

毎日通っていたので、色んなものを作ることができました。生まれてくる我が子の洋服、ドンちゃんのリネンシャツ、そして自分が着る服も。






これは最後に作った服。ワンピースばかり作って着ていたので、産後はシュッとした服が着たいなと思い作ったロングのタイトスカート。チェックなので、柄を合わせて裁断するのが本当に面倒くさかった。そしてジッパーをつけて、裏地をつけることも大変だった。マスタード色のニットに合わせて(持ってないけど、爆)履きたい。

一緒に買ったこっくりしたラズベリー色のウールコットンは、ウエストがキュッとしてギャザーがいっぱいのフワッとしたスカートを自宅で作ろうとしたけれど、たぶん産前は難しい気がする。。。いけるか?


と、創作欲を満たしてくれた洋裁教室は先週で終わり。

ということで今週は、妊娠してから取り組んでいる短編小説の続きを書いたり、生まれてくる子供をこの時期ならではの自然の風景に例えた歌を作ったり、そんなことで創作欲を満たしています。あとは、料理とか。ブログもだ。


とりあえず、出産という人生最大の創作(?)を控えているので、少し大人しく生活しようと思います。




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2017/08/03

今年の夏の目標


8月ですね。

社宅では朝から草刈りの業者が夏草をウィーンと刈っています。刈りたての草の匂いはなんだか牧草地を思い出させます。



論文が無事に終わったのですが、その一方で韓国語の文献に触れる機会がなくなったので、自分の韓国語能力をどう維持し高めていくのかが最近の課題でした。が、偶然にも某市立美術館から連絡があり、日本語翻訳とその監修のお仕事の話がありました。

これから自分や家族の状況が変わっていく環境にあるので、ちょっとだけ悩んだのですが、在宅でもできること、また私の環境がガラッと変わった時にはお休みできること、そしてペイも悪くないので、引き受けることに。(すでに始まっているけれど、なかなか楽しい)

翻訳の仕事の良いところは、韓国語文献に触れることができる、またその内容によっては自分の教養になるということ。今回は韓国美術を広く学べるので、個人的に嬉しい。そして何より、日本語の文章力も鍛えられることです。どんなにその語学に長けていても、日本語表現が乏しければ、翻訳作業はかなり厳しいものになるから。。。母国語の豊饒で恵みある土台が本当に大切だなと、実感します。

とりあえず、無理のない範囲でのんびりやっていこうと思います。




新しくスタートしたことといえば、洋裁。

最近、近所にある洋裁屋さんでお洋服をパターンから習っています。というか、パターンをどうひけば良いのか、基礎からみっちり叩き込まれています。既に、スカート、パンツ、ワンピース、シャツ、はサイズに合ったものをひけるようになりました。また体の部位によって、どの線をどう調整すれば良いのかも分かってきました。例えば、腕周りが太ければ、袖をどうすれば良いのか。ウエストが細ければ、どのような線をひけば綺麗なラインになるのか。など。

最初は中級のミシンを習うつもりだったけれど、パターンを習ったことで、洋服の基本の全てはパターンにあるということに気づきました。三次元の洋服を二次元の紙上にどう描くのか、を知ることは洋服の仕組みや構造を深く理解することに繋がっていて、同時に人間の身体とも向き合うことができ、毎日新しい感動をしながらパターンを練習しています。

あと、センチじゃなくて初めてインチの世界で物事を見るようになりました。先生が単位を小数点ではなく、分数で、しかも分母が4を言い表していて、最初は頭がこんがらがったのですが、インチのメモリを見て納得。単位が違うだけで、頭の中に浮かぶ数字やその処理の仕方がこんなに違うんだな〜、やはり単位って相対的なんだな〜と、これも新たな感動でした。

陶芸は轆轤をする時に腹圧がかかるため最近はできていない分(ああ、久しぶりに8キロある大きいのを挽きたい!)、洋裁の知識と技術を身に付けるために時間を使いたいです。ちなみに陶芸で鍛えあげた、空間把握能力はパターンをひく時にとっても役に立っています。


最終的な目標は子供用の韓服!しっかりとした作りのやつが作りたくて。って洋裁じゃないけれど(爆)



新しい二つのこと。それぞれを自分なりに楽しみながら、そこで出会える新しい知識や感動を自分で吸収し昇華しながら未来に繋げ、穏やかに過ごしていきたい。それが今年の夏の目標です。




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2017/06/22

ようやく、終わり






韓国の夏の別味といえば「콩국수」、豆乳の素麺です。これがすごく食べたくて、食べたくて。以前は豆乳のスープも乾燥豆から作ったけれど(ブログにも書いたような?)、暑いキッチンで豆を煮ることは避けたかったので、市販のスープを買ってきました。






麺は소면(素麺)を茹でれば良いのですが、我が家にはお友達から貰ってから大事に食べている白石温麺があるので、贅沢にも今回はそれで。

トッピングにはキュウリが欠かせないらしいのですが、キュウリは唯一私が食べることができない野菜なので、無視。ミニトマトをのせました。味付けは塩か砂糖をふりかけるのですが、私の場合は白だしを少量たら〜とかけます。豆乳のスープと白だしは相性抜群!

豆腐好きにはたまらない豆乳スープはもちろん、何よりも麺が美味しいので、満足で心も体も満たされました!夏はやっぱり콩국수、もちろん日本の冷やし中華も恋しいけれど。

こんな風に心の底から満たされた理由は他にもあります。。。



ようやく、よーやく、修士論文の口頭試問(論文審査)が終わったのです。公開発表から第三次口頭試問まで、本当に本当に長かった。。。特に5月は身体的に光州行きの高速バスに乗るだけでも大変だったのですが、ようやく終わりました。

長かった分、納得の行く論文が書けたし、達成感もひとしお。あとは、来月製本して本部に提出すれば良いだけ。8月には卒業、修士号が貰えます。この修士号があれば、やりたかった仕事にもアクセスできるのだけど(席があれば)、当分はのんびりするつもりです。。。。


ヨスに来て早5年。こんな風に達成できたことをこれからも積み上げていきたいな。小さいことでも機会があれば、まずはやってみて、そしてやり遂げて。韓国での生活を、というよりは韓国で暮らす自分自身の人生をより豊かにしていきたいです。



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2017/03/27

書き終わって気づいた




週末楽しかったこと

ドンちゃんが美容室で髪を切ったのだけど、その仕上がりが、なぜかモミアゲ長め。それに対し「今の僕のモミアゲ、羽ばたかせれば、空も飛べそうだよね」というドンちゃんの発言。自宅に帰ってきて洗面所の前で、一生懸命自分でモミアゲを切っていたドンちゃんの姿。ぷぷぷ。


週末楽しかったこと 2

夜食でラーメンを食べようとした時、久しぶりのラーメンに興奮してか、ドンちゃんが1人で麺を2人前食べると言いだしたこと。自分の出来上がりのラーメンを「ジャンボ デス〜」と嬉しそうにテーブルに持ってきたこと。結局「ワタシ ジャンボ ムリ デス」と食べきれなかったこと。ぷぷぷ。


週末嬉しかったこと

桜の蕾がピンク色になっていたこと。寒さに耐え毎年花を咲かす自然の尊さに、人間は叶わないと思う。


週末嬉しかったこと 2

修士論文の草案がやっと完成したこと。あとはエディティングをして、公開発表、口頭試問。


それはとても不確かで、どう未来に繋がっていくのか想像できなくて、取り組んでいる最中に何度も揺れて、絶望的な気分になったりしたけど、書き終わって気づいた。結局それは自分の中にいる同居人であり、自分の生活の一部であり、それを信じていたわけではないけれど、それによって今まで私は生きていたんだなと。




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2017/01/02

絵にならない日常を堂々と生きる



普段と何の変わりなく2017年を迎えました。

年末はソウルで。二人で美味しいものを食べ、美術館に行き、ドンちゃんの実家にも行って、ドンちゃんの大学時代の友達の新婚宅にもおじゃま、と充実したソウル時間を過ごしました。が、31日にはヨスの自宅へ。というのも、2日からドンちゃんは仕事始めなのです。ああ、韓国は本当にお正月感がない。。

年末二人でずっと一緒だったので、今年がどんな年だったとか、来年はどんな年にしたいだとか色々と話す時間がありました。

2016年も他の年と変わらず、幸せに包まれた穏やかな年でした。朝起きるたびに、ドンちゃんが横にいるという現実がいつも私を幸せな気分にしてくれました。悪い夢を見たときは「ああ、現実はこんなに幸せなんだ」と安心できたり、良い夢を見たときは「夢よりも現実がもっと幸せだなぁ」と実感できたり。2017年も、今日も明日も、明後日も、ドンちゃんがいるその瞬間に永遠性を感じながら生きたいです。

そんなドンちゃん、私の人生において優先順位のまず第一。第一というより、確固たるファンダメンタルなんだけど、それを外すとやっぱり陶芸と学業の二本が私の柱。2016年を振り返った時に、この2つに大きな変化はなかったけれど、1年前とは違う目標を立てることができる今、それはコツコツと進んでいることを実感できた瞬間でもあって、少し嬉しかったり。

自分がやっていること、自分が生きている世界が、地味だったり、絵になる日常ではなくても、それでいい。絵になる日常を作ろうとするのではなく、絵にならない日常を堂々と生きたいな。


家族や親しい友達に近況を報告するために作ったこのブログ。2016年は自分の予想に反して多くの方に見てもらうことができました。ありがとうございました。2017年もお伝えしたいことは同じです。国籍が違う二人が結婚しても、日本人同士の結婚と何も変わらない、ということです。もちろん表面的な部分では違いはあるかもしれないけれど、本質的には一緒。人が人を愛することに文化や国籍など関係ないのです。このブログを読みながら、「なんだ、私たちと一緒じゃん」と感じて頂ければ本望です。

今年も夫婦共々宜しくお願いします。
다복한 한해 되세요!



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2016/05/19

充実感



最近気付いたこと。私の指導教授がブルーノ・マーズに似ている(爆)

もちろん教授は純韓国人なのだけど、顔の作りと雰囲気がぼんやりと似ている気がする。なので教授と話すたびにブルーノ・マーズのTreasureが脳内で永遠リピートされます。Treasure, that is what you are~

が、私は指導教授のことが本当に好き。この大学院に入学した目的は教授と出会えたことだと信じているぐらいです。素晴らしい人格者。そして教授はドンちゃんを除いて、私の知り合いの韓国人の中で唯一私の言葉が通じる人。言葉が通じるとは単に意思疎通ができるというわけではなく、私が言うことを深く理解して同意してくれるということ。本当に貴重な存在です。

今学期はその指導教授の授業が夜遅くに終わるので(それ以外の授業もそう)そこからバスに乗って帰宅するのが深夜になります。

深夜12時過ぎにバスターミナルに着くと、いつもニコニコして待っていてくれいるドンちゃんが窓から見えます。バスから私が降りると、すぐに私が背負っている重いリュックを「僕が背負うよ」と持ってくれ、「お疲れ様」と抱きすくめてくれます。授業後は脳内がかなり興奮しているのか、高速バスの中では一睡もできず疲労満タンでヨスに到着するのですが、ドンちゃんのおかげで少し回復する瞬間。




そこからお腹ペコペコの我が夫婦は深夜にも関わらず晩御飯を食べます。24時間営業の食堂でコムタンやクッパを食べることが多かったのですが、最近はとにかく早く家に帰りたいので、コンビニでお弁当を買ってお家で食べています。

私が留学していた時も、釜山で働いてた時も、結婚してヨスに来た当初も「韓国のコンビニ弁当は微妙」という認識が常にあって、コンビニで買うぐらいならキンパのお店で巻きたてのキンパをテイクアウトする方がいいと思っていました。しかし、最近のコンビニはお弁当を主力商品として売り出しているようで、見かけでも美味しそうなものがけっこう売っているのです。実際、食べても美味しい。


帰宅して私がシャワーを浴びている間、ドンちゃんがレンジで温めてくれたお弁当。準備してくれたグラスにビールを注いで、テレビを見ながら一緒に並んでそれをつついているその時間は、疲れているのだけれども、充実感がたっぷり私を満たしてくれています。幸せだーと思う。

それは、結婚して海外にいるけれど、ドンちゃんとは別のところで私も頑張っているという充実感。ここ韓国で私は私の世界があるという充実感。そしてその裏には、ドンちゃんという帰る場所があるという安心感。そんなのを感じるから。

母国を離れても、自分が熱中できることがあり、そこに信頼できる師と友がいるということ、そしてそれを心から応援してくれて支えてくれる夫がいること。考えてみると、とても幸せなことだなと思う。普段は論文と発表ががあるから切羽詰まってたりして、そんな風に感じる余裕はないけれど(それも問題だけど)

コンビニのお弁当は私の心を、ちょっと温めて豊かにしてくれます。



と、深夜に身体によいとは言えないコンビニ弁当を食べることを正当化してみる。へへ。







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2016/05/14

手がかり








今日は見事な晴れ。朝から張り切って洗濯物を干し、外に出て息を吸ったら、空気の中に余計なものがなく澄んでいることがわかります。散歩道から見る海もシアン色に輝き、緑陽ごしにキラキラと光っています。これに群青色を足したら、セルジューク朝の陶器になるのかな。(ニューヨークのメトロポリタン美術館で先日から開催されているcourt and cosmos展に行きたくてたまらない。カタログだけでも買おうかと。)

いつもこの海の先には日本があるのだと思っていました。日本の家族や友人が恋しい時、私の視線の先には日本があるのだと励ましながら、海を眺めていました。でも実は違っていたことに気づきました。地図で確認すると、この先は、沖縄と奄美大島の間を通り越し、インドネシアのマルク諸島あたりにたどりぶつかります。この事実を知った時、私の母国への想いはインドネシアに向かっていたのかとびっくりしたと同時に、なんだかすごく嬉しい気持ちになりました。

というもの、大切な友達のインドネシア留学が決まったから。彼女の努力が実ったということ、彼女が勇気を出して人生の新たな門出に立った、ということに私はものすごく励まされました。自分が見つめる海のまっすぐの先にインドネシアがあるということは、彼女と私の繋がりでもある気がして嬉しかったのです。この海を見るたびに私も頑張ろうと思えるのです。

大切な友達が自分の道を切り開いていく姿は、自分の中の焦りやざわついた気持ちをゼロにしてくれて、むしろ前向きなものに変えてくれるということを今回改めて実感しました。止まっているのではないかと自分に怖くなる時もあるけれど、私も少しずつ進んでいるんだと思わせてくれる。そんな前向きな気持ち。ああ、早く会いに行きたいな!

写真は今週習った新しい技法。韓国語で면치기という、面を削り、外側に触れずに内側から膨らませて成型する方法。

こうゆう新しい技法を学ぶたびに、形の美しさとして現れる前のもしくは美しさのその素となっている、「韓半島特有の美意識」というものを理解する手がかりを得ている気がします。

その国の美意識は理解しようとしてもなかなか難しい。日本の「もののあわれ」「無常観」の美意識を他の国の人たちが理解することが難しいここと同様に。それについての説明を言葉で聞いてもイマイチ掴めない。だから、技法とか、色とか、大きくいえば歴史とか、気候とか、そういった色々なことを手がかりにして、それに近づいていかねばと思う。手がかりは多ければ多い方がいい。

いつか自分の言葉や自分の技術でそれを表現したいことはもちろん、せっかく韓国に住んでいるんだからその深い部分まで見てみたい、という自分の知的好奇心のためにも。


と、そんなことを思いました。インドネシアに続く、この青い海を見ながら。



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2016/04/01

新たな手段



海のような青空が広がったヨス、4月が幕を開けた。社宅の桜は花開き、地面ではタンポポが力強く咲き、視界に入る自然の彩りが一気に豊かになったのを強く感じる。本格的な春の始まり。これから緑が萌えてくる5月を迎えるまで、どんどんと華やいでいく自然の変化を、一つ一つ逃さずに過ごしたいなと思う。

ただ、春がまた来たということは、どこか寂しい。それは陽光が惜しみなく降り注ぐ中、海からの風が桜の花びらの間をすり抜けるその瞬間に、時間もまた一緒に流れていくのを感じるから。季節は何度も繰り返すことができるということを見せつけられるたび、人間の生は一回きりだということを意識させられる。

人間の儚さ、時間に逆らえない切なさ、このことに心を囚われてからずいぶん経った。ドンちゃんと出会い自分よりも大切にしたいものができてしまったことで、その思いはさらに加速してしまった。実際的な解決策は何もないけれど(おそらく死ぬ以外ない、でもその選択肢は今の私にはない)その思いを何かの形にすることで少しは昇華することができるのではということに気づいたのがここ数年のこと。

私にとって陶芸がその手段になっているが、最近もう一つ手段が増えた。それはそれらの思いを韻文で書くこと。チリ出身のパブロネルーダの詩を読みながら思いついたことだった。

パブロネルーダの詩を読むと幼い頃の自分がなぜか目の前に現れる。その日は小学校三年生の私が現れた。細くて、前髪が長く、ヘアバンドをしていた私。谷川俊太郎の詩集を買ってもらったばっかりで、その詩集に夢中だった。とうとう、縦線の青いノートに詩を書き始める。それが私にとって初めての詩作行為。「同じ地球にいるのに、どうして会えないのだろう」で始まる私の処女詩は、大好きな父親の仕事が忙しく平日になかなか会えないことへの寂しさと切なさにインスピレーションを受けて作ったということを思い出した。

種類は違えど、寂しさや切なさを詩作の衝動に使っていた私ならば、手段として、もしかして韻文と相性がいいのかもしれない。人間の儚さや切なさを乗り越えることはできなくとも、詩作することで癒されるかもしれない。陶芸と同じように。

という思いを抱え、始まった私の詩作活動。新たな手段としてライフワークに加わった。極めて私情的なので誰にも見せることないけれど、韓国語に訳してドンちゃんにだけは伝えて共有したい。時間に逆らえない切なさとか、人生はたった一回きりしかないという寂しさとか、それらは全てドンちゃんと永遠に一緒にいたい、生まれ変わってもまたドンちゃんと一緒にいたい、という気持ちが強いからこそ更に実感したものであるから。同時に一度でも同じ日はないから日々を大事にしたいという思いも生まれたから。

写真は花が開いたドンリップちゃん。不器用に咲いている姿は、春を感じ寂しさを抱える私と似ている気がする。詩作で少し癒されればいいな。



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2016/03/18

わだかまり



その日は22時半の深夜バスに乗ることができたので、帰りはいつもより早めの深夜12時を過ぎ。ヨスのバス停ではすでにドンちゃんが待ってくれていて、手にはコンビニで買ったビールが入った袋をぶら下げていた。

私は授業前に小さなパンを急いでお腹に入れただけだったからお腹ペコペコ。聞けばドンちゃんもお腹空いているということで、帰り道に社宅前にある24時間営業のコム タンのお店へ。二人で牛の頭のお肉がたっぷり入ったスユックッパを頼んだ。白くてさっぱりしたサゴルのスープにご飯と素麺を入れてお肉と一緒に食べる。店内には夜中にも関わらずお客さんもまばらにいて、皆、CLのハイライトが流れているテレビに夢中。そういえばバルサの試合を久しく観ていないな、なんならスワレスが入団してから一度もフルで観てないよね、ということを二人で話しつつも、ご飯と汁をすくうスプーンの手は止まらず。お腹いっぱい。

社宅への帰り道、ドンちゃんと一緒に桜の木を見上げたら、蕾が随分大きくなっていることに気づいた。暗闇の中でもくっきりとわかる、ちゃんと枝の先で自己主張している。また春が来たんだねっという二人で春を迎えることができる喜びと、家に着いたらお風呂とビールが待っているという楽しみで、スキップしそうになったんだけど、でもすんでのところでできなかった。心に何かがひっかかっていたから。

その蟠り(わだかまり)が何だかはすぐにわかった。その日の授業が始まる前に、仲良しの中国人の同級生が告白してくれた。故郷の重慶の大学での職が決まったから、急だけど再来週にはここを発たなければいけないと。彼女は中国語、韓国語、日本語を駆使する才女で、同じ時期に入学し、同じ指導教授のもとで一緒に学んできた所謂「同期」という存在。彼女と私と、韓国人の博士の先輩との三人で参加する授業では日中韓3ヶ国における漢字音の比較をずっとやってきて、そこで毎回彼女がサンプルとして中国語を発音してくれるんだけど、その音が本当に美しくて優雅で、私はうっとりしながら何度もリクエストしてた。

卒業は近いけれど、まだもう少し彼女とは一緒にいれると思っていたので、その報告を聞いたときは彼女の就職したことへの嬉しさと、なかなか会えるのが難しくなくなってしまうという悲しさがはんぶっこ。私の蟠りはその悲しさだったわけだ。

でも彼女に会えなくなる悲しさだけではこの蟠りは解けない。その先には、彼女が大学院の外に出たことによって、否が応でも卒業後の自分について、私はどう進んでいけばいいのか、ということに私が向き合わなければならないという現実があぶり出されたから。

卒業後の自分の未来を描いていくことはそんなに難しいことではないし、楽しいことでもある。入学前にある程度の考えと計画があったわけだから。が、今の私にとってはそこに大きな乗り越えなくてはいけない問題がある。

それは子供がいる人生か、子供がいない人生か。

この話をブログで書くのかは迷ったんだけれども、自分の記録のために書いておこうと思う。私は、今現在、自分が子供が欲しいのか欲しくないのか、よくわからない。正直にいえば、いなくてもいいかもしれないと思う時が多い。それはもう色んな理由から。でも、完全に私は子供はいりません、とも言えない。欲しいなと、思う時もある。

親から愛情をたくさん貰って育った自分が、まさか欲しいか欲しくないかで悩むなんて思わなかった。欲しくない、いなくても別にいいと思う自分がなんだかすごく怖かった。私はは結婚したら自然に子供が欲しくなる人間なんだって思っていたから。欲しいか、欲しくないかで問答するスパイラルに自分が閉じ込められるなんて。これについては4年考えてきたけど、答えは出ない。出ない?いや、出していない。


結婚してから子供は「いつかは」と言って来た。そこに私は自分のグレーな部分を隠してきたんだと思う。答えは出ないのではなくて、先送りにしてきた。答えを出さなかっただけ。何か、私を動かしてくれる出来事に出会えばきっと決心できるって思っていた。友人の出産や、親の言葉や、何かのインタビュー。そうゆうのに触れていれば、自然に答えが出るのはと思っていた。つまり、他人に任せようとしていた。


でも、中国人の友人の進路から、自分の卒業後を考えなくてはいけなくなり、これからの具体的な計画を立てようとしている今、まさに今、私はこの問題について真っ向面から向き合わなくてはいけないってことに気づいた。30歳の私が、未来の私のために、ここでハッキリと決定すべきなのではと本能的に思った。これはある意味、自己防衛だと思う。だって、これ以上先送りにして宙ぶらりんのままにしといて、時間のリミットに決定権を握らせてしまえば、未来の私が苦しくなると思うから。どっちに行くとしても、さらに自分の行く方向に特別な理由をつけようとしてしまうんだと思う。特別な意味を求めようとすることは、大変で辛いことだって知っているから。

この問題に対して答えを出してこそ、卒業後の私の道を描くことができる。あくまでも計画だから、どう進むのかわからないし、答えに対してその反対の結果になるのかもしれないけど。でも少なくとも、今ある蟠りを解けることはできるかもしれない。そして解けたら、ドンちゃんと桜の下でスキップすることができる。


私はドンちゃんと満開の花の下でスキップしたい。




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