仲の秋
仰ぐ月には
時雨降り
惜しむ心で
栗をむく夜
今日、授業の合間に韓国人の友達と一緒に作った連歌。発句の575は友達が、次の句の77は私が詠みました。ちなみに韓国語バージョンもあり。韓国語では最後の栗と夜が韻を踏んでいて、リズムが少し出ます。
ヨスも光州もどんどんと秋が深まっています。銀杏の葉はまだ完全な黄色には色づいていないけれど、街並みを歩くと鮮やかに紅葉した葉が目に留まるようになりました。特に私が通う大学院のキャンパスはとても綺麗で、時々足を止めて眺めています。
紅葉する葉を見て分かったことは、葉は太陽に良く当たる部分から色が変わっていくということ。そして太陽に当たり完全に色を変えた後に落ちる。太陽の光って、葉を殺しもするんだなって気づきました。でも同時に春の太陽は若葉を誕生させて、夏の太陽は緑を濃く葉を成長させる。つまり葉の生と死をコントロールする存在。ならば、葉にとって太陽は、人間にとって何にあたるんだろう。
そんなことを最近考えていました。
歌を詠んだり、生と死を考えたり、秋って人を感傷的にさせますね。
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