夏は暑くてムシムシするくせに、びっくりするぐらい健気で、往生際が良い。特にヨスの夏は。
ドンちゃんと付き合って、自然と彼とずっと一緒にいたいなって思うようになって、一緒にいるために結婚して、彼の側でこれからの人生を作っていけることがどんなに幸せで楽しいのか実感していると同時に、また違ったことを実感している。
それは、時間が流れていくことへの切なさ、というべきか。
彼と一緒に過ごす一日、一週間、一か月、一年、季節、時間全てが何よりも大事で世界のどんなものにも代え難く、ゆえに一瞬でも長く長く一緒にいたいって思えば思うほどに、この時間が永遠ではないことや、いつかはお互い死ぬということ、情け容赦なく時間は経っていくこと、が実感できて、心がキューッと切なくなる。
この切なさは、一秒でも一緒にいたいと願う相手と一緒に入れる幸せの代償なのかな。
特に、暑さに名残惜しささえ感じる素早い季節の移り替わりを目の当たりにしている最近は、流れゆく時間への切なさがより一層深まるのです。
そんな切なさに支配されているゆえか、「生まれ変わったらドンちゃんと鳥になる」とドンちゃんに宣言している私がいる。素晴らしい両親と配偶者に恵まれ人間としては十分に幸せだったから、今度はドンちゃんと一緒に渡り鳥になって、海の上を飛んで、大陸を横断したいって本気で思っている自分にもびっくり。正気じゃないわ。でもこう思わなくちゃ、この切なさ、やってらんないのよね。
ま、そもそも、鳥嫌いのドンちゃんにとっては賛成しがたい提案だけど(爆)
うん、やっぱりきっと、この切なさは幸せの代償で、同時に幸せボケに陥らないようにと警告しているのね。ドンちゃんとの時間は無限ではないんだぞ、有限なんだぞって。
いつも会いたいドンちゃん。光州からヨス行のバスに乗るときいつも「早く会いたいな」って気持ちにさせてくれるドンちゃん。この秋も、時間に切なさを感じつつ、だからこそ私は更に彼を想い、彼との愛をもっともっと育けたら。
写真はメガネ屋の看板娘
哀愁漂うよね
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
0 件のコメント:
コメントを投稿