まだ言葉を習得していない息子。当然、自分の欲望や思いを言語化することができません。
だけど、彼にも欲望や思いはあるわけで、それを唸り声とか、泣き声で表現する。お腹が空いたらふんふんと言ったり、私のだっこを求めるときは少し甘え声っぽくなる、眠いときは激しくなり、機嫌が良いときはあーあー言う。そんな息子の姿を見て思ったこと。自分の欲望や思いを言葉を使わず声を出すことで表現するなんて、すごいことじゃないか、と。
自分ならできるか?眠いときにその気持ち全てを泣き声に込めることが。嬉しい時に、お腹が空いた時に、一人じゃ寂しい時に、言葉を使わず声を出すことで表現できるのだろうか。できない。私は言葉を習得したから、言葉に頼ってしまう。
思いを言語化できることはとても便利だけど、自分の中にある言語化できない気持ちは切り捨てられているのではないか、という思いも浮かんだ。文字通り、言葉にできないから、言葉で表現できない。言葉は自分の全てを表現できず、万能なわけじゃない。息子は言語化こそできないけれど、自分の中にある全てを、言葉にできない気持ちでさえも、声を使って表現できるのだからすごい。
息子はこれから成長し、自分の目の前に広がる世界を言語化していくのだろう。きっと言葉にできない気持ちは切り捨てて、どこかで折り合いをつけながら。
それを成長というのだろう。でも、泣き声で全てを表現する息子はやっぱりすごい。
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